CPの理念

CPの理念

名前の由来

株式会社 セントラル カンパニーの創業者・力武里彦は筑豊(福岡県)の炭鉱で親方として働いていましたが、「これからは娯楽の時代だ」と考えて昭和27年、大牟田市に小さな映画館をつくりました。 それが私共の会社の前身となります。会社名のセントラルは炭鉱夫時代の組の名前「中組」からとったものです。
パチンコ店の店名は「セントラル会館」と言いましたが、平成7年店舗改装する際、ニューヨークのセントラルパークのように、地域の人々に愛される公園のような店でありたいと願い「南大分セントラルパーク」としました。

ロゴの意味

「CP」はセントラルパークを略したものです。丸い「C」の文字は人々を包む地域のコミュニティとしての役割を表しています。「P」の文字の中心から4つの線が、外に向かって突き抜けています。
これは「ぱちんこ依存問題」等の負の部分にも勇気をもって取り組む私共の考え方が、社会に広がっていく様子を表したものです。緑色は「公園の木々」や「癒し」を表し、赤い部分は炎、「情熱」を表しています。

創業の精神

創業の精神

創業者 力武 里彦 (写真中央)

昭和27年、街頭テレビには人だかりができていた。日本は戦後の混乱から落ち着きを取りもどし、人々は娯楽を求めていた。ちょうどその頃、大牟田市に映画劇場をオープンした。当時ラジオで人気を博していたドラマ「君の名は」が映画化され、多くの人が劇場に押しよせた。映画はすぐに日本の娯楽の華となった。

そんなある日、台風の影響で汽車が不通となり、フイルムが届かなくなった。台風の影響で上映できませんということは簡単だったが、何とか人々の期待に応えたいと思い、台風の中を歩いてフイルムを取りに行くことにした。水かさの増した筑後川の鉄橋の上を、重たいフイルムを担いで渡った。そこまでしたのは娯楽の提供に生きがいを感じていたからだ。娯楽というものは、人の心を楽しませ慰める。人が生きていくうえで必要なものであり、明日への活力となる。

数年後、世の中はパチンコフィーバーブームに沸いていた。ある日町を歩いていると、パチンコ店の新装開店に長い行列ができていた。映画と同じように、人々は非日常の楽しさを求めている、そう強く感じた。パチンコという商いにチャレンジしてみようと思った瞬間だった。

昭和42年、久留米市にパチンコ店を開業する。活気ある店内を見つめていると、胸にこみ上げるものがあった。これからも熱心に、一途に、娯楽産業で生きていく、そう心に誓った。

「人々の楽しみとなり、
心の活力となる娯楽の提供を通して、
社会に貢献する」

創業者 力武 里彦の歩み
明治37年、熊本県天草町大江にて堀田嘉平の5男として生まれる。
小学校を卒業してすぐに上海船舶甲板員となる。
昭和8年、食料品店の経営を手始めに様々な商売を経験。
昭和27年、50歳の時に映画という商売に出会い、セントラル映画劇場開館。
昭和42年、久留米市にパチンコ店セントラル会館を開店。
86歳で亡くなるまで、趣味も持たず、熱心に、一途に、その生涯を娯楽産業に捧げた。

「らぶみちゃんデート編」